仏像展リベンジ

この日記、随分前に書いて、ずーっと下書き保存してました。
アホです(^^;
11月23日(水)に仏像展に行った。
10月に前期に行ったのに続き2度目。
でも2度行く価値はあった。素晴らしかった。
一度目のレビュー
http://sweets-roses.com/blog/log/eid375.html
そしたらなんと、仏関連本で一緒にお仕事したライターさんも、
昨日全く同じ時間に行っておられたことをあとで知り、
ご一緒できたら、いろいろ解説していただけたのに。残念。
それにしてもすごい偶然。さすが息が合ってるなぁ、と思う。
東京国立博物館イベントページ
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=3460
仏像展公式サイト
http://butsuzo.jp/
前日にも上野に来ていた私。
ダリ展と一緒に見る予定だったのだけど
仏像展の方が混んでいたし、ダリに魂を吸い取られて
これ以上は無理、と言う感じだったので、おとといは
早々と3時くらいに帰って来てしまった。
で、昨日仏像展だけに集中して、一度目は借りなかった
大人気の市原悦子のナビも借りた。
二度目なので、ナビのあるものだけを集中的に見て来たが、
ナビなしでは気づかなかった事が、たくさんわかったので、
借りてよかった。
向源寺の十一面観音は素晴らしかった。
あんなに美しい仏さまにお会いしたのは初めてだと思った。
円空も木喰も素晴らしい。
早い時間から行ったので、前回見落としていた一階での
『一木彫ができるまで』など見られて、おもしろかった。
いろんな木材について、勉強できました。
榧
http://www.maekawa-kayagoban.co.jp/kaya/index.htm
木材について
http://www.jawic.or.jp/kurashi/jtree/s6-kaya.php
そのあと本館を見て、公開中の庭を散策して、東洋館を見て
表慶館まで見たら、外は真っ暗でした。
広くて疲れたので、昨日は眠くて日記が書けなかった。
画像は上野公園の噴水。きれいだった☆
以下はメモのようなもの。
・中国から入って来た木像は白檀だったが、
中国にも日本にも 生えない木のため、日本では主に榧(かや)が使われている。
榧は白檀に似て芳香があり、木目が美しい事から使われたが、
白檀より大木になるため、大きな仏像作りも可能になった。
・一木彫は一本の木から作るため、肩など窮屈にならざるを
えない部分もあった。
すべて一本の木から作るものと、中心部分だけ一本で、
残りを別の木材で作って組み合わせる作り方があった。
・土地に伝わる神木や由緒のある木材を使って作られる事により、
ますます信仰が厚くなった。
ものによっては、彫刻に向かないものもあったようだが、
神木という事で無理につくたれた例も。
・横にノミ跡を残す彫り方を「鉈彫」(なたぼり)といい、
木から仏が現れた事を表しているが、主に作られたのは
関東や東北などで、京都などでは作例はほとんど見られない。
・円空と木喰(もくじき)は、共に江戸時代に活躍した
僧侶であり、放浪の仏師。
円空は生涯で20万体の仏像を彫ると決心し、大きなものを
一日で仕上げる事もあったという事で、荒削りさが魅力である。
木喰は、60歳を過ぎて仏師になり、お遍路巡りの出来ない
貧しい農民のために、33観音を彫ったのは、86歳のとき。
しかも24日間で彫り上げたらしい。
当時の平均寿命からすると、スーパーおじいちゃんである。
作風はかなり手の込んだもので、丸く丸くという歌も残している。
・中国から入って来た木像は白檀だったが、
中国にも日本にも 生えない木のため、日本では主に榧(かや)が使われている。
榧は白檀に似て芳香があり、木目が美しい事から使われたが、
白檀より大木になるため、大きな仏像作りも可能になった。
・一木彫は一本の木から作るため、肩など窮屈にならざるを
えない部分もあった。
すべて一本の木から作るものと、中心部分だけ一本で、
残りを別の木材で作って組み合わせる作り方があった。
・土地に伝わる神木や由緒のある木材を使って作られる事により、
ますます信仰が厚くなった。
ものによっては、彫刻に向かないものもあったようだが、
神木という事で無理につくたれた例も。
・横にノミ跡を残す彫り方を「鉈彫」(なたぼり)といい、
木から仏が現れた事を表しているが、主に作られたのは
関東や東北などで、京都などでは作例はほとんど見られない。
・円空と木喰(もくじき)は、共に江戸時代に活躍した
僧侶であり、放浪の仏師。
円空は生涯で20万体の仏像を彫ると決心し、大きなものを
一日で仕上げる事もあったという事で、荒削りさが魅力である。
木喰は、60歳を過ぎて仏師になり、お遍路巡りの出来ない
貧しい農民のために、33観音を彫ったのは、86歳のとき。
しかも24日間で彫り上げたらしい。
当時の平均寿命からすると、スーパーおじいちゃんである。
作風はかなり手の込んだもので、丸く丸くという歌も残している。

